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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)237号 判決

オランダ国五六二一 ベーアー アインドーフェン フルーネバウツウェッハ一

原告

エヌ・ベー・フィリップス・フルーイランペンファブリケン

右代表者

フレデリック イアン スミット

右訴訟代理人弁理士

杉村暁秀

杉村興作

冨田典

梅本政夫

仁平孝

山中義博

沢田雅男

本田一郎

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被告

特許庁長官 麻生渡

右指定代理人

中村剛基

左村義弘

田辺秀三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための付加期間を九〇日と定める。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

「特許庁が昭和六三年審判第一四六九一号事件につき平成二年四月二日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二  被告

主文一、二項と同旨の判決

第二  請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「受信機」とする発明について、昭和五六年五月三〇日、特許出願をしたところ、同六二年一二月一五日、拒絶査定を受けたため、同六三年八月一五日、審判の請求をした。特許庁は、右請求を同年審判第一四六九一号事件として審理した結果、平成二年四月二日、右請求は成り立たない、とする審決をした。

二  特許請求の範囲1項記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨

「受信信号の振幅を測定する電界強度検出器と、制御信号発生回路を経て前記電界強度検出器に接続され、受信機の出力信号の音声周波雑音を軽減する雑音軽減回路とを具え、前記制御信号発生回路が、前記電界強度検出器によって測定された受信信号の振幅の減少時における動作開始時定数と、この動作開始時定数よりも大きい回復時定数とを有する受信機において、前記雑音軽減回路が連続可変モノ-ステレオ制御装置を具え、このモノ-ステレオ制御装置は、前記制御信号発生回路に接続し、かつ、電界強度の増加に際して前記回復時定数により決定される漸次制御を受けるものとし、四〇ミリ秒より小さい動作開始時定数と少なくとも二〇〇ミリ秒の回復時定数とを有する、電界強度に対して連続的に変化するモノ-ステレオ制御信号を前記モノ-ステレオ制御装置に供給することを特徴とする受信機。」(別紙図面(一)参照)

三  審決の理由の要点

1  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

2  引用例一(実開昭五五-一七六六六一号公報及びこれに対応するマイクロフイルム)には、受信信号の振幅を測定する電界強度検出器と、制御信号発生回路を経て前記電界強度検出器に接続され、受信機の出力信号の音声周波雑音を軽減する雑音軽減回路を具え、前記制御信号発生回路が、前記電界強度検出器によって測定された受信信号の振幅の減少時における動作開始時定数と、この動作開始時定数よりも大きい回復時定数とを有する受信機において、前記雑音軽減回路がモノラルモードとステレオモードを断続的に切り換えるモノ-ステレオ制御装置を具え、このモノ-ステレオ制御装置は、前記制御信号発生回路に接続し、かつ、電界強度の増加に際して前記回復時定数により決定される制御を受けるものとし、電界強度に対して連続的に変化するモノ-ステレオ制御信号を前記モノ-ステレオ制御装置に供給することを特徴とする受信機が記載されており(別紙図面(二)参照)、引用例二(実開昭五五-一五九六四八号公報及びこれに対応するマイクロフイルム)には、連続可変モノ-ステレオ制御装置を有する雑音軽減回路を具え、この連続可変モノ-ステレオ制御装置は、制御信号発生回路に接続し、かつ、電界強度の増加に際して漸次制御を受けるものとし、電界強度の増加に対して連続的に変化するモノ-ステレオ制御信号を前記モノ-ステレオ制御装置に供給することを特徴とする受信機が記載されている(別紙図面(三)参照)。

3  本願発明と引用発明一を対比すると、本願発明は、雑音軽減回路が連続可変モノ-ステレオ制御装置を具え、制御信号発生回路が、四〇ミリ秒より小さい動作開始時定数と少なくとも二〇〇ミリ秒の回復時定数とを有し、電界強度に対して連続的に変化するモノ-ステレオ制御信号を前記連続可変モノ-ステレオ制御装置に供給するものであるのに対し、引用発明一は、モノラルモードとステレオモードを断続的に切り換えるものであり、動作開始時定数と回復時定数の数値が特定されていない点が相違するが、その余は相違しない。

4  相違点について判断すると、雑音軽減回路が連続可変モノ-ステレオ制御装置を具え、制御信号発生回路が電界強度に対して連続的に変化するモノ-ステレオ制御信号を前記連続可変モノ-ステレオ制御装置に供給することは、引用例二に記載されており、この連続可変モノ-ステレオ制御装置を引用発明一のモノ-ステレオ制御装置に採用することに格別の困難は認められない。

そして、本願発明において動作開始時定数と回復時定数の数値を特定したことによる格別の臨界的意義も認められない。

5  したがって、本願発明は引用例一、二の記載から当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法二九条二項により特許を受けることができない。

四  審決の取消事由

審決の理由の要点1は認める。同2のうち、引用発明二の連続可変モノ-ステレオ制御装置が電界強度の増加に際して漸次制御を受けるものであるとの点は争うがその余は認める。同3は認める。同4、5は争う。審決は、引用例二記載の技術内容を誤認し、本願発明において動作開始時定数と回復時定数を特定した意義についての判断を誤った結果、相違点の判断を誤り、ひいては本願発明の進歩性を否定したものであるから、違法であり、取消しを免れない。

1  引用発明一と同二の組合せの容易性の判断に対する誤り(取消事由(1))

審決は、引用例二には、雑音軽減回路が連続可変モノ-ステレオ制御装置を具え、制御信号発生回路が電界強度の増加に際して漸次制御を受けるものとし、電界強度に対して連続的に変化するモノ-ステレオ制御信号を前記連続可変モノ-ステレオ制御装置に供給する技術が開示されていることを前提として、右連続可変モノ-ステレオ制御装置を引用発明一のモノ-ステレオ制御装置に採用することに格別の困難は認められないとしているが、右判断は以下に述べるように誤っている。

まず、漸次制御とは、本願発明におけるように、電界強度が急速に増大した場合でもモノ-ステレオ転移が別紙参考図3、図Aの直線Ⅰに沿って大きな時定数に基づいて緩慢に行われることをいうところ、引用発明二は、チャンネル信号の分離度を連続的に変化せしめる分離度制御手段を有するのみで、本願発明におけるような漸次制御を可能とする時定数を有していない。そのため、引用発明二におけるモノ-ステレオ転移は、外部からの電界強度の変化に対応して時間遅れなしに変化するから、同発明においては、時定数によって達成される漸次制御を受けるものではない。

したがって、引用発明二の連続可変モノ-ステレオ制御装置が電界強度の増加に際して漸次制御を受けるものとした審決の認定は誤りである。

そして、本願発明においては、別紙参考図3記載のSN対電界強度曲線が示すように、電界強度が急速に変化する場合、ステレオからモノへの転移は水平方向に、モノからステレオへの転移は垂直方向にそれぞれ行われ、本願発明の所期の効果を奏しているものであるのに対し、引用発明一においては、別紙参考図1に示すように、モノからステレオへの転移方向もステレオからモノへの転移方向も共に垂直方向であり、また、引用発明二においては、別紙参考図2に示すように、モノからステレオへの転移方向もステレオからモノへの転移方向も共に水平方向であるから、このような転移方向が常に同一の装置を組み合わせても転移方向が相違する本願発明に到達することはできない。

したがって、引用発明一に同二の連続可変モノ-ステレオ制御装置を組み合わせることが容易であるとした審決の判断は誤っている。

2  顕著な作用効果の看過(取消事由(2))

審決は、本願発明において動作開始時定数と回復時定数の数値を特定した点について、格別の臨界的意義は認められない、としてこれを否定する。しかし、右判断は、以下に述べるように誤っている。

本願発明における右各時定数に関する数値は、各種の実験により得られたものであり、かかる数値を採用したことにより、本願発明の受信機のSN対電界強度曲線が別紙参考図3記載の水平直線Ⅱと垂直曲線Ⅰとを含むヒステリシス特性を示すことにより、〈1〉水平直線Ⅱに示されるように、電界強度がV2とV1の間で変化してステレオとモノの間を転移する間(SとPとの間の転移)、SN比が一定であること、〈2〉電界強度が急速に増加して、垂直曲線Ⅰをモノからステレオへ移行する場合(QからRへの転移)、回復時定数を少なくとも二〇〇ミリ秒と大きくしてあることにより、移行は緩慢に行われ、SN比と空間的感覚とに急激な変化を発生させないこと、の両効果が得られるのであり、この結果、本願発明の受信機は、電界強度が頻繁に変化するような状況においても、従来の装置のようにSN比やステレオ-モノ転移が急変することなく、安定した音を提供することを可能としたものである。

これに対し、引用例一は、動作開始時定数につき「すみやかに」と、回復時定数につき「一定時間の遅れで」とそれぞれ定義しているのみであり、何ら最適時間は示されていないから、本願発明のような顕著な効果は期待されないのである。

したがって、引用例一、二に本願発明が見いだした最適数値の示唆はないから、これを単なる設計事項とする審決の前記判断は誤っている。

第三  請求の原因に対する認否及び反論

一  請求の原因に対する認否

請求の原因一ないし三は認めるが、同四は争う。

二  反論

1  取消事由(1)について

原告は、引用発明二は、チャンネル信号の分離度を連続的に変化せしめる分離度制御手段を有するのみで、本願発明における時定数を有していないから、引用発明二におけるモノ-ステレオ転移は、時定数によって達成される漸次制御を受けるものではないとし、引用発明二の制御信号発生回路が電界強度の増加に際して漸次制御を受けるものとした審決の認定は誤りであると主張する。

しかし、引用発明二は、アンテナ入力が予め定められたレベルまで低下した場合、ステレオからモノへの切替えをスイッチング的に行うという従来技術が有した欠点を改良したものであって(二頁五行から三頁一〇行)、「入力信号レベル」に「応じて分離度を連続的に悪化させモノラルモードにまで制御するように」(五頁一七行から六頁二行)しているものであるから、引用発明二を制御信号発生回路が電界強度の増加に際して漸次制御を受けるものと認定した審決に誤りはない。そして、引用例二記載の連続可変モノ-ステレオ制御装置を引用発明一のモノ-ステレオ制御装置に採用することは、同一技術分野であるから容易であり、採用の結果、本願発明と同一構成となることは明らかであるから、同一構成の回路が同一の効果を奏することは特段の事情がない限り、自明であり、本願発明においてはそのような特段の事情も存在しないから、引用発明二を同一に組み合わせることに格別の困難はない。

なお、時定数については、審決は引用例一の記載を引用しているものであるが、引用例二においても、「時定数回路16へ入力され立上り及び立下り時間が適当に制御され」との記載(五頁九行から一一行)があるから、時定数という技術思想も含まれているのである。

2  取消事由(2)について

引用発明一も、本願発明と同様に、時定数回路の時定数は小さい動作開始時定数と、動作開始時定数よりも大きな回復時定数を有するものである(五頁一七行から六頁三行)が、時定数の具体的な数値については記載されていない。しかし、本願発明における時定数の数値限定は、発明の目的に照らして試行錯誤的に行われているものであるから、本願発明の特許請求の範囲における数値限定が臨界的意義を有するものではなく、引用発明一との間に格別の技術的差異を見いだすことができないものである。

第四  証拠

証拠関係は、書証目録記載のとおりである。

理由

一  請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがなく、審決の理由の要点のうち、引用発明一の構成及び同発明と本願発明との相違点の構成については争いがないから、本件の争点は、引用例二の技術内容の認定及びこれを前提とした相違点に関する審決の判断の適否及び本願発明の作用効果に対する審決の評価の適否にある。

二  本願発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第二号証(本願発明に係る公開特許公報記載の明細書)、同第三号証の一(昭和六三年三月一五日付け手続補正書)及び同号証の二(同年九月一四日付け手続補正書、以下、これらを一括して「本願明細書」という。)によれば、以下の事実が認められる。

本願発明は、受信機の雑音軽減回路に関するものである。従来技術における受信機の雑音軽減回路は、ステレオからモノあるいはモノからステレオへの切替え動作が急激に行われるため、空間的に不安定な音響を生じ、また、ステレオ-モノ切替動作と同時に、再生すべきモノ信号中に高信号周波数の急激な抑制が生ずるため、再生音響の音色が急激に変化する等の欠点を有していた。

本願発明は、以上のような欠点の解決を目的として、前記本願発明の要旨記載の構成を採用したものであり、これにより、連続モノ-ステレオ制御を行い、電界強度が減少する場合には、動作開始時定数が四〇ミリ秒より小さく設定してあることから、ほぼ即時に前記制御が行われ、電界強度が増加する場合には、回復時定数が少なくとも二〇〇ミリ秒より大きく設定してあることから、非常にゆっくりと前記制御が行われる。この結果、従来技術による受信機の場合よりも、空間的にも、周波数に関しても、一層安定した音響効果を与えるとともに、急速かつ大きな電界強度変化においてもSN比の変化を低く保持することができるという効果を奏することが可能となり、電界強度の変化の激しいカーラジオに用いる場合でも、満足すべきモノ-ステレオ制御が得られるという効果を奏するものである。

三  取消事由に対する判断

1  取消事由(1)について

原告は、引用発明二の連続可変モノ-ステレオ制御装置は、電界強度の増加に際して漸次制御を受け、電界強度の増加に対して連続的に変化するモノ-ステレオ制御信号をモノ-ステレオ制御装置に供給することを特徴とする受信機であるとする審決の認定判断を非難するので(その余の引用発明二の構成は当事者間に争いがない。)、まず、この点について検討する。

成立に争いのない甲第五号証の二(引用例二に係る実用新案登録請求願添付の明細書及び図面のマイクロフィルム)によれば、以下の事実が認められる。

引用発明二は、電界強度の低下に対して良好なSN比を維持するFMステレオ受信機に関するものである。FM放送波は、地形等の影響に大きく左右されやすく、電界強度が大幅に変化するため、特に車載用のFM受信機においては、スキップノイズの発生や弱電界強度におけるSN比の低下が欠点とされてきたところ、従来技術においては、かかる欠点に対処するために、電界強度が弱い時にもある程度のSN比を維持するために、予め定められたレベルまでアンテナ入力が低下すると、スイッチング的にステレオからモノへ切り替わる回路を設ける等の対策が採られてきたが、なお、SN比の改善が段階的であるなどの問題が残されていた。そこで、引用発明二は、大略一定のSN比を確保しつつ、かつ、出力信号状態が急激に変化することのないFM受信機を提供することを目的としたものである。引用発明二の具体的構成をみると、レベル設定回路13の設定によって、入力信号レベルがある値以下に低下したときに、まず、左右チャンネルのセパレーション(分離度)を制御するセパレーション回路9が動作し、更にレベルが低下したときには、そのレベルに応じて分離度を連続的に悪化させモノラルモードにまで制御し、また、f特コントロール回路が動作して入力レベルの低下に応じて高域の減衰量を増大させる。なお、レベル設定回路13の出力は、時定数回路16へ入力され、セパレーション回路9の制御信号の立上がり及び立下がり時間を適当に制御してアタックタイム及びリカバリタイムの選定をするとともに、マルチパス等によりアンテナ入力レベルが常時変化している場合に、この変動の中心レベルでセパレーション及びf特の各コントロール回路を制御するものである。

以上のとおり認められ、他にこれを左右する証拠はない。

そこで、右認定の事実に基づき、原告の主張について、以下、検討する。

原告は、漸次制御とは、本願発明におけるように、電界強度が急速に増大した場合でもモノ-ステレオ転移が大きな時定数に基づいて緩慢に行われることをいうとし、引用発明二は、かかる漸次制御を可能とする時定数を有していないと主張する。

原告の主張する「漸次制御」の概念が、時定数とモノ-ステレオ制御の両者を一体として捉えたものであることは、右主張自体から明らかである。ところで、審決は、前記審決の理由の要点から明らかなように、具体的な数値は別として時定数それ自体及び動作開始時定数と回復時定数との大小関係については、本願発明の動作開始時定数及びこれよりも大きい回復時定数の構成について、引用発明一の動作開始時定数及びこれよりも大きい回復時定数の構成と一致するとし、すなわち、数値は別として、両発明において時定数に関する構成は一致するとし、この審決の認定判断については原告においても争っていないことは前記のとおりである。また、審決が、本願発明と引用発明一との対比判断において、引用発明一のモノ-ステレオ制御装置がモノラルモードとステレオモードを断続的にスイッチで切り換えるものであるのに対し、本願発明の連続可変モノ-ステレオ制御装置は連続的にモノ-ステレオ制御を行う点を相違点として捉えていることも前記審決の理由の要点から明らかなところであり、この点も原告の争わないところである。このように、審決は、本願発明と引用発明一との対比において、原告の主張とは異なり、時定数に関する構成とモノ-ステレオ制御に関する構成とを別個のものとして捉え、前者を一致点、後者を相違点として認定しているのである。

審決は、引用例二の技術内容の認定箇所において、同技術の内容を「電界強度の増加に際して漸次制御を受けるもの」と認定しているところであるが、相違点の判断においては、「雑音軽減回路が連続可変モノ-ステレオ制御装置を具え、制御信号発生回路が電界強度に対して連続的に変化するモノ-ステレオ制御信号を連続可変モノ-ステレオ制御装置に供給することは上記引用例二に記載されており」(審決五頁一四行ないし一九行)と摘示しているところからみて、審決が引用例二の記載について認定した「漸次制御」とは、電界強度の増加に対して連続的にモノ-ステレオ制御信号が発生し、これにより連続的にモノ-ステレオ制御が行われることを意味し、そこに時定数の観念が含まれていないことは明らかというべきである。そして、審決は、本願発明と引用発明一とのモノ-ステレオ制御の構成に関する相違点について、引用例二に記載の連続可変モノ-ステレオ制御装置を引用発明一に採用することによって本願発明の前記構成は可能となり、右採用を困難とする理由も見いだし得ないとするものであるから、この意味において、時定数に関する構成とモノ-ステレオ制御に関する構成を一体として捉える原告の前記主張は審決を正解しないものといわざるを得ないから、右主張はその余の点について検討するまでもなく失当である。

ところで、前記認定の事実によれば、引用例二に連続可変モノ-ステレオ制御装置が開示されていることは明らかである(この点は原告においても争っていない。)から、以下において、右制御装置を引用発明一に採用することの容易性について検討することとする。

成立に争いのない甲第四号証の二(引用例一に係る実用新案登録願添付の明細書及び図面のマイクロフィルム)によれば、引用発明一は、電界強度の変化に伴うSN比の変化スピードが速い車載用FM受信機の改良に関するもので、従来の受信機においては、一定の入力信号レベルを基準としてモノラルモードとステレオモードが切り換わるように構成されているため、受信状態が頻繁にモノラルモードとステレオモードに切り換わり、非常に聞き取りにくいという欠点を有していたところ、引用発明一においては、設定レベル値を中心に電界強度が強弱を繰り返すような場合には、強制的にモノラル受信状態に切り換えるようにして、聞き取り易くしたものであることが認められ、他にこれを左右する証拠はなく、この事実と引用例二に関する前記認定の事実を対比すると、両技術はいずれもラジオ受信機、殊に、電界強度の変化の激しい車載用FM受信機を対象とした技術であるから、その技術分野は同一であり、その技術課題においては、前記のように引用発明一においては、動作開始時定数とこれよりも大きい回復時定数を設けることにより、モノラルモードとステレオモードが電界強度の変化に追随して頻繁に切り換わることを防止しようとする点にあるのに対し、同二においては、連続可変モノ-ステレオ制御装置を採用することにより、電界強度の変化に追随するモノラルモードとステレオモードの切替えがスイッチで急激に行われることを防止しようとする点にあるのであるから、直接的課題には差異があるにしても、いずれも電界強度の変動に対して如何に聞き取り易い安定した音響を再現するかという点において共通するものということができる。そうすると、引用発明一と同二は、技術分野のみならず技術課題においても極めて近接している関係にあるということができるのであるから、引用発明二の連続可変モノ-ステレオ制御装置を引用発明一に転用し、両発明の前記の頻繁な切替えの防止及び断続的切替え防止という各特徴を併存させることは容易というべきであり、本件全証拠を精査してもこれを困難とする証拠はない。

原告は、本願発明においては、別紙参考図3のSN対電界強度曲線に示すように、電界強度が急速に変化する場合、ステレオからモノへの転移は水平方向に行われ、モノからステレオへの転移は垂直方向に行われ、本願発明の所期の効果を奏するのに対し、引用例一及び同二はいずれも転移方向が常に同一であるから、これらの装置を組み合わせて転移方向が相違する本願発明に到達することはできないと主張するので、以下、この点について検討する。

原告主張に係るSN対電界強度曲線なるものは、電界強度の変動とそれに対応するSN比の変動をグラフ化したものと解されるから、本願発明及び各引用発明の装置の奏するSN比を電界強度との関係からから捉えたものということができる。ところで、原告は、右SN比の変化を示す曲線と本願発明の採択した時定数及び連続可変モノ-ステレオ制御装置とがいかなる関係にあるかについては、必ずしも具体的に主張しないところであるが、本願発明の奏する効果につき本願明細書には、「本発明による受信機は、前記雑音軽減回路が連続可変モノ-ステレオ制御装置を具え、このモノ-ステレオ制御装置は、前記制御信号発生回路に接続し、かつ、電界強度の増加に際して前記回復時定数により決定される漸次制御を受けるものとし、四〇ミリ秒より小さい動作開始時定数と少なくとも二〇〇ミリ秒の回復時定数とを有する、電界強度に対して連続的に変化するモノ-ステレオ制御信号を前記モノ-ステレオ制御装置に供給することを特徴とするものである。」(前掲甲第三号証の二、四頁一四行ないし五頁三行)との記載があることからすると、本願発明の奏する効果は、要するに、連続可変モノ-ステレオ制御装置の採用による急激なモード切替えの阻止と大きな回復時定数の採用による頻繁なモード切替えの阻止とを両立させた点にあるものということができ、かかる効果は正に、引用発明一と同二の前記の各特徴を併存させたものということができるところである。してみると、原告主張のSN対電界強度曲線なるものは、かかる本願発明の装置の奏する作用を電界強度とSN比の対比において捉えたものであり、そして、本願発明の構成のうち、特定の時定数以外の構成については、引用例一及び同二の記載に基づいて容易に想到可能であることは前述したとおりであり、かつ、本願発明の採用した特定の時定数も実験的に到達し得るものであることは後述するとおりであることからすると、本願発明の採択した構成は、前記各引用例の記載に基づいて容易に想到し得るのであり、そうだとすると、同一構成の装置が同一の作用を奏することは当然のことであるから、原告の前記主張は、何ら引用発明二の連続可変モノ-ステレオ制御装置を引用発明一に転用することの困難性を基礎付け得るものとはいえないというべきである。

よって、取消事由(1)は採用できない。

2  取消事由(2)について

原告は、本願発明において採用された前記各時定数は、電界強度が頻繁に変化するような状況においても、従来の装置のようにSN比やステレオ-モノ転移が急変することなく、安定した音を提供することを可能とした顕著な作用効果を奏するものであるのに審決はかかる顕著な作用効果を看過したと主張するので、以下、この点について判断する。

前項に述べたところによれば、引用発明一に、同二の連続可変モノ-ステレオ制御装置を採用すれば、本願発明において採用された具体的な時定数の値を除くそれ以外の構成が、回復時定数の方が動作開始時定数よりも大きい点も含めて開示されていることは明らかである。

そして、原告が主張する本願発明の有する音響上の効果は、以上のような構成を有する受信機において、特許請求の範囲に記載の各時定数を採用したことに基づく効果であるということができる。

ところで、前記各時定数が具体的にどのようにして設定されたかを、本願明細書に即してみると、動作開始時定数については、「回復時定数は、コンデンサ18と抵抗16のRC時定数によつて主に定められ、モノ-ステレオ制御の適切な動作に対しては〇・二~二秒とすることができる。動作開始時定数は、コンデンサ18と分圧器15の非常に小さい並列値のRC時定数によつて定められ、内部抵抗14を無視することができる。実際には、四〇ミリ秒よりも大きくない動作開始時定数では、モノ-ステレオ制御は正確に働かないことがわかつた。」との記載(甲第二号証四頁右上欄一四行ないし左下欄二行)があることが認められ、この記載からすると、各数値の採否は種々の実験を通じて経験的に採択されるものである(原告も右数値が実験により得られたものであることは自認するところである。)ことが認められる。そして、前記のように、引用発明一の断続的に切り換えるモノ-ステレオ制御装置に代えて連続可変のモノ-ステレオ制御装置を転用することが容易である以上、かかる数値の実験的な採択もまたさして困難なことであるとは認められないから、本願発明の奏する効果を当業者において予測し得ない格別のものとすることはできないものというべきである。

原告は、本願発明の奏する効果を、別紙参考図3記載のSN対電界強度曲線が水平直線Ⅱと垂直曲線Ⅰとを含むヒステリシス特性を示すことにより、〈1〉水平直線Ⅱに示されるように、電界強度がV2とV1の間で変化してステレオとモノの間を転移する間(SとPとの間の転移)、SN比が一定であること、〈2〉電界強度が急速に増加して、垂直曲線Ⅰをモノからステレオへ移行する場合(QからRへの転移)、回復時定数を少なくとも二〇〇ミリ秒と大きくしてあることにより、移行は緩慢に行われ、SN比と空間的感覚とに急激な変化を発生させないとの両効果が得られると主張する。

右主張は、本願発明の奏する作用を前述したSN対電界強度曲線で説明したものであるから、これらは本願発明の採択した構成がもたらす作用を電界強度とSN比の関係として捉えたものにすぎないから、その構成が引用例一及び同二から容易に想到し得る以上、かかる作用を当然に奏するものであって、これを格別のものとすることができないことは当然である。

よって、取消事由(2)も採用できない。

四  以上のとおり、本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び付加期間の定めについて、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 濵崎浩一 裁判官 田中信義)

別紙図面(一)

〈省略〉

別紙図面(二)

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面(三)

〈省略〉

別紙

〈省略〉

〈省略〉

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